あい言葉は「La La La」

La La La♪〜てな感じで幸せに生きている僕(嫁タイ人、うつ病歴8年)の日記です。ANAスーパーフライヤーズ会員、JALグローバルクラブ会員、One Harmonyロイヤル会員としての旅行記、元気が出ない話、嫁の話、仕事の話などの日常の雑談を、曖昧な記憶を頼りに記述するブログです。

マニラのスラム(トンド地区)で2ヶ月間生活して驚いたこと

今から10年以上前の話。当時は国際協力などに興味があり、大学生の時にボランティアで訪問したスラムで、とある家族と仲良くなりました。その後、卒業論文の調査の滞在費を抑えるため、その家族の家に夏期休暇の2ヶ月間ホームステイ。正直言って劣悪な環境でしたが、若い頃にしかできない楽しい体験でした。その話。

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話を始める前に

とても残念なことなのですが、当時はクラウドなんていうサービスは知らず、写真はハードディスクに保存する程度でした。そのハードディスクも引っ越しや掃除などでどこに行ったのかわかりません。そして、かなり多くの写真がなくなりました。

運よく、滞在時に発生した大火災の写真だけfacebookに保存していたらしく、久しぶりに昔の写真を見返していたら出て来たので、懐かしいなぁ〜と思い、スラムで生活して驚いたことをブログに書くことにしました。

マニラのスラムでの生活

僕が生活した場所は、マニラ湾を拡張する際に、マニラ湾を深くするため土砂を掘削し、そのいらなくなった土砂がマニラ湾の周辺に放置されました。その放置された土砂に人が住みだしたということでした。正確に言うとトンドではなく、パシグ川を挟んだ南にあるポートエリアと言う場所でしたが、知り合いは皆そこはトンドの一部だよと言っていたので、トンドとしておきます。

色々驚くことは多かったですが、思い出せるだけ思い出そうと思います。

生活に必要な水を買ってくる必要がある

水道がついている家もありますが、ない家がほとんどです。そうなると、水道がついている家から水を買ってこなければなりません。毎日、近所の水道がある家に行ってはお金を払って、20リットルくらいあるタンクに水を入れていました。

しかも、水はちょろちょろとしか出てこないので、タンクに貯まるまで時間がものすごくかかり、時間がもったいないと感じました。

トイレの仕組みが謎

トイレはありました。陶器でできた便器があり、用を足した後、先ほど買って来た水で流すという仕組みでした。

ただ、流したものがどこに行っているのかは謎でした。ホストファミリーは「各家の地中にタンクがあって、半永久的に貯められる」ということを言っていましたが、そんな仕組みは存在しないと思うので本当に謎でした。

もし、本当に地中にタンクがあるのなら、あれから10年経った今頃、溢れ出て来ているのでは?と気になります。

インド人高利貸しが取り立てに来る

毎朝のように、インド人風の男たちが各家を回っていました。そして、その男たちが来ると、ホストファミリーだけでなく、近所の人もいなくなりました。

後日、そのことをホストファミリーに聞いたところ「それはムンバイと呼ばれる高利貸しで、このあたりの人はみんな金を借りているので取り立てに来ているんだよ。でも、みんな支払いできないので、彼らが来たら裏口から逃げるんだよ」とのこと。

そのムンバイと呼ばれる男たちと話をしたことがあるのですが、インド人風ではなく、インド人だそうです。そして、「回収するのはすごく難しいし、この前は、取り立てに行った別の仲間が刺し殺されたんだ」と厳しい仕事であることを教えてもらいました。

やたら治療が必要な病気の家族がいる?

スラムでずっと生活しているとスラム内でも僕の存在の噂が広まるみたいで、よく友人の叔母だとか、友人の親戚だという人がやって来ました。そして、いつもこんな話をしに来ました。

導入:「俺は、あいつ(ホストファミリーの誰か)が小さい頃からずっと世話をしてやったんだ。」

その後、いろいろ話をする。そして、

本題:「今、俺の母親が病気で〇〇ペソ必要なんだ、返すから貸してくれないか?(子が病気のパターンもある)」

僕は学生で、宿泊費を抑えるためにここに滞在しているのですから、貸せませんが、「今いくらあるのか?」「生活を切り詰めたら〇〇ペソくらい貸せるんじゃないのか?」「いついつまでに返すから大丈夫」などとしつこいので、2000円ほどを2度貸したことがありました。もちろんお金が返ってくることはありませんでした。

やたら治療が必要な病気の家族がいるもんだなぁ〜と思いながら、きっと病気の家族なんていなくて、貸したお金は生活費に消えてるんだろうなと悟りました。

野良犬を殺してガスバーナで炙り食べる

お金がないからなのか知りませんが、週に1回くらいは、バーナーで焼かれる野良犬を見ました。もちろん殺してから、バーナーで焼いているわけですが、やっぱり犬を食べる習慣のない僕からすると残酷だなと思いました。  

電線が家庭用延長コードなので火災がよく起きる

家が密集していて、基本木造です。そして、電柱を見てみると、家の中で使われるような延長コードがたこ足配線で繋がり家まで引かれています。日本の電線とは全然違います。あれはどう見ても家庭用の延長コードです。

すると、この電線の漏電などが原因となって火災がよく起こるそうです。滞在している家の周辺でもすでに1000軒くらいが消失した大火災が2回起きたとか言っていました。

そして、僕の滞在中にも火災が起きました。  

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この火災で500軒の家が消失したほどの大きな火災でした。

歩いて10分くらいの場所で起きた火災だったので、野次馬の1人として見物に行きました。そして、全く何も考えずに、「今、肉があれば、あそこでBBQできるのにね〜」と友人と笑っていました。

そのときは気づかなかったのですが、その僕の横にこのような方がいました。 

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キリストの絵を持って、祈っている方でした。おそらく、火事の被災者でしょう。家を失くすということが、どんなに辛いことかを考えもせず、僕はこの人の隣で「あそこでBBQができる」などとバカなことを言っていたのです。

でも、この写真に気づいたのは日本に帰ってからのことで、本当に申し訳ないことを言ったと思っています。 

翌日、消火された現場へホストファミリーの次女たちと行きました。

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家はさっぱりなくなっていました。

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自分の家のテリトリーを主張するために、ロープで四角い枠が作られていました。

もちろん火事場泥棒もいる

火事が発生すると、火事場泥棒も発生します。

火災があった日、野次馬としていち早く現場に行ったホストファミリーの次女やその仲間が全然帰ってきませんでした。家族は、火事に巻き込まれたのでは?と心配していると、何かを抱えて帰ってきました。

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火事で人が逃げ出した家に侵入し、その家が飼っていたひよこを盗んできたのでした。このひよこたちは、その後大きくなり、しっかり食べられたそうです。

死が身近である

 滞在の始めの方に、近所にすごく親切な好青年が住んでいました。夜飲むときとか、誘ってよく一緒に飲んでいました。銀行でセキュリティーガードマンとして働いているとのことでした。でも、しばらくするとパッタリと会うことはなくなりました。

ある日、その青年の家族に会ったので、その青年のことを聞いてみると、働いていた銀行に銀行強盗が入って、犯人に射殺されたとのことでした。

また、別の日、友人の妹と地面に絵を描いたり、縄跳びをして遊んでいると、突然手を引っ張って、5分ほど歩いた妹の友人の家に行きました。

すると、そこには、棺が置かれていて、妹の友達だという男の子が寝ていました。デング熱でなくなったそうでした。

他にも、破傷風で亡くなったり、車に轢かれて亡くなったり、たった2ヶ月だけで、僕は5人くらい亡くなった人を見ました。

病院が無料だけど、野戦病院みたい

僕は、この2ヶ月の滞在で2度ほど体調を崩しました。高熱が止まらず、もういてもたっってもいられないような頭痛と悪寒で、ホストファミリーのお母さんが病院に連れて行ってくれました。

普通、日本人のような先進国の人がフィリピンで病気になり病院に行く場合、私立病院へ行くそうです。そして、めちゃくちゃ値段が高いそうです。でも、僕もお母さんもそんなことは知りません。なので、近所にある公立の病院に行きました。

診察した医師には「この病院は、この地区に住む貧しい人向けの病院だから、本来は日本人の君は来てはダメだけど、学生でお金がないということだから、今回だけ特別だよ」と言って診察してくれました。

めちゃくちゃ汚い病院で、この病院に滞在するだけで伝染病にかかってしまうのではと思うほどでしたが、点滴のおかげで元気になりました。

病院に行ったとき、僕はコンタクトレンズを外していたので、あまり周りの様子が見えませんでした。ベッドで点滴を受けながら、「そういえば、隣のベッドの人全然動かなないなぁ〜」と思っていたら、お母さんが「その人は先ほど亡くなったらしいよ」と教えてくれました。

さらに、病院から帰るときに、頭を銃で撃たれた人が担ぎ込まれてきたりと、「ああ、野戦病院みたい」と思いました。

そして、診察料とかは無料でした。薬はお金を払った気がしますが、安かったです。

僕だけが蚊に刺される

寝るときは、家族全員同じところで雑魚寝するのですが、なぜか僕だけが蚊にたくさん刺されました。日本人の血がそんなに美味しかったのでしょうか?

終わりに

そんな感じで、この2ヶ月には、ここに書ききれないほどの面白い出来事がたくさんありました。でも、もう一度やるかと言われると絶対やりません。スラムに住む人たちのいい文化も知りましたが、悪い文化もたくさん知ったからです(ドラッグとか、諦めとか、その場しのぎとか、などなど)。

フィリピンから帰国する飛行機の中で、スラムに住む人たちに失礼かもしれないけど、僕はこう思いました。

「僕が滞在したのは、2ヶ月という期間だけ、だから非日常を味わえ、楽しかったんだろう。でも、あの生活を一生やるのは無理だ。」

 

おしまい。

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