北九州予備校小倉駅校の大志寮で浪人した僕の日々と実績

15年前、全ての大学受験に失敗した僕は浪人することになりました。

僕の地元は、九州の福岡県にある北九州です。そのまま自然な流れで地元の北九州予備校という古き良き文化が残った予備校に入校しました。

「継続は力なり」「努力は実る」「受験は団体戦」などのモットーを掲げ、とにかく勉強しかさせない厳格な校風の予備校で、北予備と呼ばれています。

そして、僕は北九州予備校小倉駅校の選抜クラスの学生だけが入寮できる大志寮で1年間に渡る浪人生活をしました。

浪人生活、寮の雰囲気、1年間の結果などの話です。

北九州予備校入学と大志寮への入寮

大学受験の3年前、高校受験失敗で小倉高校という地元北九州ではそこそこ有名な高校を不合格になった僕は、自宅最寄りの私立高校に通っていましたが、進学校ではなかったこともあり、現役時代の大学受験は散々な結果でした(「センターってどこ?」というレベルでしたので・・・)。

  • 北九州市立大学経済学部不合格

その他、様々な7つの大学から不合格通知をいただきました。

高校生の僕にとって無駄に終わった受験料はとても高かったですし、受験失敗とは失敗の代表例なので落ち込むわけです。自分の存在価値が否定されたような感じです。大人になれば受験なんて人生の様々な出来事の一つでしかないのですが、当時まだ子どもだった僕にとってあんなにはっきりと合否を通告される出来事は深く心に残る出来事でした。

失望している頃に3年前に小倉高校に合格した知り合い3人に会いました。

  • 九州大学文学部合格
  • 九州大学工学部合格
  • 九州大学歯学部合格

全員中学時代は地元の公立中学で同じ塾の人でした。高校が違うだけこんなに違うのか・・・。そう思いました。

僕は自衛隊に合格していたので自衛隊に入隊するつもりでした。色覚検査で一度は引っかかりましたが、二次検査は色を順番に並べるという検査で医師の顔を見ながら試行錯誤して並べ合格しました。

でも、小倉高校に行った知り合いの受験結果を知って、ここで終わりたくないと思ったのです。

親に必死で浪人することをお願いし、「北九州予備校ならいいよ」ということで入校しました。

さらに、そこに姉が入ってきました。

「あんたは厳しいところなら絶対にやれる。でも、甘いところに行くとダメになる。絶対に寮に入った方がいい。」

北九州予備校の1年間の寮費用は80万円くらいでした。それを姉はその日のうちに親に渡しました。

後日、北九州予備校にてテストを受けて、僕は選抜生だけが入寮できる大志寮へ入ることが決まりました。

その入寮に関する面談はバブル期に倒産した有名な証券会社の元社員だったというチューターが担当しました。彼は僕の熱い想いをわかってくれたのか、成績は足りませんでしたが「入寮するなら絶対大志寮だから、大志寮にしましょう」と大志寮に入寮するようにしてくれたようでした(確かに、大志寮は選抜生だけの寮だけあって、寮生150名のうち文系学生が10名くらいしかいなくて、残りは全て理系。そのうち50%は東大京大などの旧帝国大学理系や東工大、医学部志望というような感じでした。「文系は、理系を諦めた人」という雰囲気があり、なんとなく文系への扱いも雑でした)。

こうして、僕の浪人生活は始まりました。

寮の部屋の様子

15年前の話なのではっきりとは覚えていませんが、時間割や施設の内装なども少し違うようです。

思い出せる範囲で、北九州予備校小倉駅校大寮生だった僕の浪人生活や寮の様子を紹介します。

窓に鉄格子はないけど刑務所の個室みたいな部屋

僕の部屋は大志寮の6階で、窓から福岡教育大学附属小中学校が見える方の部屋でした。

よく北予備の寮は某国の収容所に例えられ、「逃げ出さないように窓に鉄格子がはめてある」なんて話がありますが、僕の部屋にそんなものはありませんでした。窓から見える北九州小倉の景色を勉強のストレス緩和のためにぼんやり見ていたものです。

そして、大志寮の個人の部屋にはトイレや風呂はありません。風呂は大浴場が1階に、トイレは各階に共用トイレがありました。

部屋に何があるかといえば・・・。

  • ベッド
  • クローゼット
  • 本棚

これだけだけです。初めて入ったときは、刑務所の個室かと思いました。

個室の鍵がないけど各フロアに監視カメラがある

あと、驚くかもしれませんが、部屋の鍵が存在しませんでした。つまり、誰でも彼でも開けたり、侵入することができます。

でも、それはできません。なぜかと言うと、北予備の寮には他室訪問禁止というルールがあり、足が一歩でも他室に入れば、1週間の自宅謹慎処分となりました。

さらに各フロアの廊下に監視カメラがあり、寮長は常に見張っているわけです。僕たちが寮の廊下や部屋の前で談笑しているのを寮長がカメラで発見すると、館内マイクを使って怒りの注意が飛んできます。翌日には「お前ら!あんなに言っとるやないか!他室訪問したら1週間自宅謹慎やぞ!」と再度怒られます。

じゃあ、談笑はどこでするのか?

当時は1階に談話室なるものがありましたので、そこで談笑をします。でも、僕は寮でも予備校でも仲良い人がいない一人ぼっちタイプだったので使ったことがありません。

寮長が怖い

寮長はルールを破らせないために、ルール違反に近い行為をするだけで怒られます(他人部屋の前で談笑、門限ギリギリに帰寮など)。

そして、寮長は顔を体も厳つく、めちゃくちゃ怖かったです。その怖さから、ルール違反しようなんて思い立ちもしませんでしたし、寮内の秩序は保たれていました。

自習時間月200時間越えを可能とする1日の生活モデル

6時50分 起床・食事

朝はいつ起きてもよかったのですが、部屋から出られるのは6時50分からでした。もちろんトイレに行くくらいであれば起床時間前に部屋を出ても怒られませんが活動をすると怒られます。

僕の場合は、以下のような感じでした。

  • 6時30分くらいに起床
  • 自作の100マス計算(引き算、掛け算、足し算)を行う
  • 前日の夜の自習部分の復習をさっと行う
  • 6時50分に部屋を出る

起床時間に関してはルールがなかったので早い人は5時頃に起きて勉強をしていたようです。

100マス計算をすることによって脳が活性化するのではないかと思いやっていました。いつも1分切るくらいのタイムでしたが、効果があったのかは不明です。

7時前 寮出発

まず1階の食堂で朝食を食べます。朝食と夕食は寮が提供します。僕は、より早く朝食を食べるために、熱くてすぐに飲むことのできないスープ類は取らずに、ご飯とおかずのみを食べていました。

朝食は5分ほどで食べ終わり、そのまま寮を出発していました。

僕は髪型などを気にする人ではなかったので、髪の毛はボサボサで寝癖が付いていたりもしましたが気にせず予備校に行ってました。

僕みたいに朝早く寮を出発する人たちは他にも数名いました。大志寮から北九州予備校小倉駅校は30分弱かかるのですが、その道中はみんな単語帳を片手に英単語や古文単語を覚えながら通学していました。

そのため、北九州予備校の寮生はすぐに判別できました。参考書や単語帳を片手に歩いているのなんて北予備の寮生しかいません。しかも、寮生は皆鹿児島や宮崎など遠方から来ていますので、親の仕送りを受けています。結果、カツアゲに逢うわけです。

「単語帳を持って歩いているやつ=北予備の寮生=親から仕送りを受けている=金を持っている=カツアゲしたら高確率でお金をゲットできる」と言う流れです。

ATMに連れて行かされ、現金を引き出させる被害に何名かの寮生があっていました。

僕は歩きながら景色を見ることが好きだったことや、北九州は僕の地元なのでそういう話をちらほら聞いたことがあり、歩きながらまで勉強することはしませんでした。

7時20分到着

予備校には7時20分から25分の間くらいに到着していました。

昔の会社にありそうなガチャンとするタイムカードで予備校に来た時間を記録させると、1階(正確には2階なのか?)のロビー的な空間で単語帳を片手に教室が解放されるのを待ちます。

僕やほぼ同じ時間帯に出発した大志寮生はいつも教室へ繋がる階段の先頭に並んで開くのを待っていました。

さすがは選抜生しかいない大志寮。毎回、一番乗りで予備校入りしていました。

7時30分? 校長のお話と入室開始

詳しい時間は覚えていないのですが、教室が解放される前に5分ほどの校長先生のお話があります。

時事問題からその時々の受験の心構えなどをお話ししてくれます。この頃にはロビー的な場所は浪人生で溢れています。

話が終わると教室が解放されます。僕やほぼ同時刻に来た大志寮生は階段を走って登り、自分のクラスの教室へ1番乗りをするという意味不明なジンクスを必死に守っていました。結果として、僕は毎回1番に自分のクラスに入室していました。

でも、早く入室したからといって良い座席に座れる訳ではなく、クラスでの授業は座席指定制なので本当に意味不明なルーティーンでした。

僕は、既に搭乗客で混雑した機内に入るのが嫌いなのでいつも優先搭乗を利用しています。おそらく、それに近い感覚なのだと思います。

8時〜8時30分 朝テスト

ここら辺からますます時間はよく覚えていません。こんな感じだったかなぁ。

  • 午前中(必修授業)
    • 朝テスト:30分くらい
    • 1時間×4コマ
  • 昼食
  • 午後(選択授業)
    • 1時間×4コマ
  • 夜(自習)
    • 1時間×4コマ

まず、朝テストというテストがありました。

数学、英語のセンター試験の過去問のうちの10分から15分ほどで回答できるくらいの問題数を抜粋したテストです。テスト後、回答が配られて、答え合わせなどは自分で実施します。

8時30〜8時40分 チューターの話

チューターという担任的な人からの話があります。

連絡事項だけのときもあれば、過去の先輩の話、受験に対する持論などを話してくれます。

僕は、チューターの話を聞いた後にやる気が湧いてくるので、この時間は結構好きでした。でも、周りの浪人生には不評のようでした。

8時40分〜12時30分 必修授業(授業50分×4)

北九州予備校小倉駅校では午前中はクラスごとに必修授業が組まれていました。僕は国立文系クラスに所属していたので英語、数学、国語の3教科から構成される授業でした。

全部自分で自由に決めたい人には向いていない予備校だと思います。

中にはそういう人もいて、授業中に隠れて内職をしている人(市販の問題集をやっている人)がいたのですが、それを発見した講師は激怒して授業の途中で帰ってしまいました。

授業は残りの20分くらいだったのですが、その後講師は戻ってくることはありませんでした。20分の講義料を返済される訳でもなく、無関係の僕までそのとばっちりを受けた訳です。

「えっ!?これが受験は団体戦ということ?連帯責任で内職した奴以外のクラスメート全員が講義を受けられないということ?それはおかしいだろう!」と講師に対して怒りましたが、チキンだったので胸の奥に留めました。

内職をしていた学生は講師に謝罪に行って、次週からその講師は戻って来ましたが、浪人生というだけでここまで馬鹿にされなければならないのかと感じた出来事でした(おそらく、予備校にはびこる悪しき文化なんだと思います)。

12時30分〜13時30分 昼休憩

午前中の必須授業が終わると昼休憩です。ですが、昼食を食べに行く前に、午後の選択授業の教室に行って座席を確保してから昼食に行ってました。

個人的には講義なんて教室の前で受けようが後ろで受けようが何も変わらないと思いますので、前方の座席で受けようとするのは自己満足に近いです。ただ、端で受けるより中央の方が黒板が見やすいなどはあるので、黒板が見やすい座席に座ることが重要だと思います。

座席を確保すると、昼食です。だいたい以下の選択肢から昼食を食べていました。

  • 近所のコンビニ
    コンビニでパンやおにぎりを買って食べることが1番多かったです。
  • マクドナルド小倉駅前
    当時はハンバーガーが80円くらいだったので3つくらい食べていました。
  • シロヤベーカリー
    先ほどのマクドナルドの近くにあり、とても安いので金欠の際にときどき利用。
  • 娘娘(にゃんにゃん)
    最初は名前と立地だけ聞いていかがわしいお店だと思っていたが中華料理店だった。焼き飯が美味すぎて北予備生には大人気。

13時30分〜15時30分 選択授業 or 自習

午後になると選択授業になります。

ただ、この辺の時間的な記憶はありません。そもそも1コマ1時間ではなく90分だった気もします。でも、そうなると時間的に合わないのでやっぱり1コマ1時間が4コマあったような、90分が3コマくらいあったような、よく覚えていません。

午後は、英語、数学、国語の主要3教科以外にも地歴公民、化学や生物、物理などの理系科目の授業を自由に選択できます。リスニングや小論文に特化した授業やセンター試験対策に特化したものなど、いわゆる予備校っぽい授業です。

講義を選択しなかった場合は自習時間です。そして、この時間までは必ず予備校にいなければなりません。

15時40分〜17時40分 選択授業 or 自習 or 帰寮

午後後半の授業も選択授業です。選択授業を取らなかった場合は自習をするか寮に帰宅します。

18時 門限

北九州予備校の全ての寮に門限というルールがありました。

午後後半の選択授業を受けていた場合、門限18時には絶対に間に合いません。なので午後後半の授業を受けている人は6時半から7時くらいに帰ってくれば何も言われませんでした。

でも、午後後半の授業を受けていない寮生がこの門限を遅れて、寮長にビンタされているを見たことがあります。

そいつは「病院に行っていて遅れた」と言っていたのですが、寮長の「どこの病院や?」という質問に答えられず、「寮の近くのあそこの病院です」と弁明したものの、その病院の先生と寮長は知り合いだったらしく、嘘がバレてビンタされたということだったようです。実際にはネットカフェでゲームをしていたようです。

その門限破りの寮生は1週間自宅待機を命じられて、1週間寮からいなくなりました。浪人生にとって1週間はかなり貴重なのですが、そのルール違反者を他の寮生から隔離するというのも「受験は団体戦」をモットーとする北九州予備校らしいなと思いました。

帰寮から19時くらいまで

寮に帰ったら風呂に入ったり、食堂で夕食を食べたりと自由な時間になります。

午後前半の授業を受けて帰ってきた場合は比較的時間があるのでゆっくりできますが、午後後半の講義をとった場合は時間はなく夕食もかき込んで、風呂はシャワーだけ、ときどきシャワーさえせずにタオルで体を拭くだけの日もありました。

僕のいた大志寮はそれぞれの部屋に風呂やシャワールームがありません。そのため風呂やシャワーを浴びるには1階にある大きな浴場を使用することになります。時間が遅くなればなるほどその浴場は汚くなりました。また、みんながお湯を使ってしまうためか、混雑時にはお湯は出ない、水の出が悪いなどの問題もありました。

そういうこともあり、午後後半の授業を受けて帰って来た日は浴場には行きたくなかったです。

19時〜22時 寮自習室にて自習

夜は1時間×3コマほど寮の自習室に全員が集まって自習をする夜自習がありました。

自習の前には寮長や副寮長からの話があり、自習が始まるとまず日誌を書かなければなりませんでした。

文字数は忘れましたが、その日誌は何文字以上書かなければならないという条件がありました。

僕は比較的スラスラと日誌を書いてすぐに自習をしていましたが、寮生の中にはこの日誌を書くのが苦手な人もいて、そういう人は1時間くらいかかっていました。夜自習の3時間のうちの1時間をわけわからん日誌に使うのはもったいなく可哀想でした。

日誌を毎日書いたからと言って、書くだけで振り返ることもないので文章力が上がるとは全く思えません。

22時30分 就寝

自習を終えると30分ほどで就寝時間になります。

この30分で、

  • 起床後の復習の準備
  • 4行日記(個人的に書いてた日記。毎日「努力は実る」とか、「妥協するな!」とか、ほぼ同じ内容を書いていました)
  • 翌日の授業のテキストの準備

そして就寝です。いつも10分くらいで寝ていたと思います。長くても20分ほどで寝ていました。

僕の記憶では寮の就寝時間は早かったように覚えているので22時30分じゃないかなぁと思いますが、今は23時10分まで自習時間で、就寝時間は23時30分だそうです。

僕の記憶が間違っているだけかもしれません。

寮では携帯電話の持ち込みが禁止されていました。でも、携帯を持ち込んでくる人はいます。北九州予備校の寮生は娯楽がありませんから、携帯を持ち込んだ人は夜ずっとメールをしてしまうそうです。そのため夜更かしになってしまうそうです。

僕がいたときも、一人の寮生が土曜日の朝自習に遅刻してきました。

その後、寮長室に呼び出された彼は、室内検査を受けて携帯電話とタバコがバレて、寮長から自習室にまで聞こえる大きな声で怒鳴りあげられ、そのまま1週間自宅待機となりました。

寮長の話によれば、彼はここ最近頻繁に遅刻していたそうで、「携帯持ち込みに違いない」と思っていたそうです。タバコは予想外だったそうです。

自習時間だけで月200時間

平日は以上のような毎日を過ごし、週末は平日の授業時間を自習に変えた週末を過ごしていました。

その結果、毎月200時間ほど自習をしていました。超えることもあれば超えないこともあるような感じです。

さすがに200時間を超えると、疲れを感じました。間違いなく質は下がっていましたが、復習にはとにかく時間が必要でしたので質は下がっても全体的にはプラスに働いていました。とは言ってもさすがにきついので、200時間を超えないように調整していました。

復習するより、日々の生活の方が大切です。

僕の結果から見る合格率

このような毎日を過ごせば、どこの大学でも合格できるんじゃない?と思う人はいるかもしれませんが、それは違います。

確かに、受験は量をこなせば、ある程度成功をもたらします。だって受験です。さらに言えば、僕の時代はほぼ暗記です。勉強が苦手で・・・。それは言い訳になりません。僕も苦手でしたから。それに勉強の暗記なんて働くより簡単です。今の世の中はネットがあるのでますますそうです。受験地方格差なんて昔の話です。

でも、北九州予備校のように勉強漬けにするスタイルが通用するのは大学受験までというのも確かです。

休みなく勉強し、まさに月月火水木金金だった僕ですが、結果は求めていたものと違いました。

  • 第1志望:前期名古屋大学経済学部不合格
  • 第2志望:後期横浜国立大学経済学部不合格

どっちもA判定だったのですが、ダメでした。

「強制的に勉強させられた奴は、自由に勉強してきた奴に勝てない。特に、本番では勝てない。」

そう感じました。たかが大学受験でさえそう感じました。

この予備校は、自分を簡単に飾り付けてくれる場所だと思います。だから、浪人して受験をしているあなたは、本当の自分ではない!その後が一番大事だと思います。

それは知っておいてほしいです。

他にもすべ止めを受けていたのですが、滑り止めさえも不合格になった大学もありました。

  • 同志社大学のとある学部不合格
  • 同志社大学のとある学部不合格

それでも流石にいくつかの滑り止めには合格しました。

  • 西南学院大学のとある学部合格
  • 立命館大学のとある学部合格

合格率と言うのならば、6つ受験して2つ合格でしたので合格率33.3%でした(第一志望を合格できなかった時点で個人の合格率なんてどうでも良いわけですが・・・)。

北予備では、僕は国立文系では上から2つ目のクラスに所属していましたが、僕のクラスから旧帝大や筑波大、一橋大、神戸大などの有名国立大学に合格した人は一人もいませんでした。さらに、私立大学に関しても早慶に合格した人が1名だけでした。残りの生徒は、地方国公立大学を受験したり、地方国立大もダメだった人が早慶以外の私立大学に進学していました。

おしまい。