ラクイラ地震から10年経ったけど未だ復興途中

イタリアのラクイラ市に行ってきました。イタリアのラクイラ市でマグニチュード6.3の大きな地震があったのは2009年のことです。日本の方からすると2011年に起きた東日本大震災のインパクトが大きくて海外の地震のことはあまり知らないと思います。

そんな日本の場合、10年も経てばある程度復興するのかもしれませんし、そんなこともないのかもしれません。僕は阪神淡路大震災や東日本大震災を経験していないのでその辺はあまり詳しくありません。それでも、イメージ的に10年も経てば元どおりになっているか、それ以上になっているのではないかと思ってしまいます。

今が2019年ですので、ラクイラ市が地震に被災して10年経ったわけですが、あれ?全然工事中じゃん!というのが第1印象でした。いたるところがまだ工事中で、全然元どおりになっていない!そんなラクイラ滞在の話です。

ラクイラと地震

ラクイラはローマからバスで90分から2時間くらいの場所にあったと思います。ローマのフィウミチーノ空港からバスが出ています。Gaspari Busという会社のバスを使いました(https://www.gasparionline.it/en/)。

そんなラクイラは人口7万人弱の都市で、まぁまぁの田舎です。山をいくつも越えた場所にあるため標高が高く、ローマは暑かったのですが、ラクイラは比較的涼しかったです。

そんなラクイラ市を2009年に襲ったラクイラ地震は以下のような地震です。

ラクイラ地震 (terremoto dell’Aquila) は、2009年1月から4月にかけてイタリア アブルッツォ州 ラクイラ県のラクイラ付近で発生した群発地震、およびその終盤の4月6日3時32分(中央ヨーロッパ夏時間、JST-7)に発生したマグニチュード6.3の地震のこと。同年4月30日までに300人以上の死亡が確認されており、6万人以上が家を失って避難生活を強いられた。

引用元:ラクイラ地震 – Wikipedia

日本でよく使われる震度がいくつだったのかはよく知りませんが、熊本地震くらいの地震だったのかな?と勝手に思っています。

街中まだ修復中だらけ

さて、何度も言いますが、ラクイラ地震があったのは2009年です。すでに10年経過しました。

阪神淡路大震災から10年後、神戸の街がどれくらい復興したのかは知りませんが、まぁまぁ復興したのではないかと思います。神戸港震災メモリアルパークにあえて震災跡を残していますので、神戸は震災跡を感じさせないくらいに復興したのだろうと思います。

ラクイラはどうなのか?10年も経過したらどうなるのか?いくつか写真を紹介します。

旧市街地というのですかね?昔の城の中にある街部分です。右半分は工事中・修復中です。

道よっては両側全部工事中なんてこともありました。

シートに覆われてはいないけど足場がまだ残る場所もたくさんあります。

修復が終わったのか?それとも今から始まるのか?専門じゃないのでわかりません。

全く何も始まっていない建物もありました。崩壊を防ぐためなのか、外側に鉄骨だけで覆われています。

大きな建物はさらに修復が大変そうです。

アーチ型の柱というか天井の部分を支えるため複雑な補強が行われていました。

あとは、工事も何もされていないけど、誰も住んでいなさそうな建物も・・・。

街のシンボルらしき教会と思われる建物も全く修復中でした。

これまで紹介した写真を見て、どう思いましたか?

えっ!!全然復興してないじゃん!と思いませんでしたか?

まぁ、僕もそう思いました。

なぜこんなに復興が進んでいないのか?その理由は2つあります。

石造りの歴史的な街並みを守りながら復興しているからというのが1つ目の理由です。日本人からするとあまり理解できない理由だと思います。歴史的なまちなみなんかより、元の場所で元の生活さえできればいい!と思うのが普通でしょう。

もう一つの理由は、僕があえて復興していない感じの写真だけ紹介したからです。本当は栄えている地区もたくさんあり、「おぉ!復興してるじゃん!」と感じました。そういう場所は人が多かったので写真に撮っていないだけです。

市内ツアーが楽しかった

たまたま市内観光ツアーバスを発見したので利用しました。いくらだったかは覚えていないのですが、3ユーロくらいだった気がします。場所はGoogleマップに示した場所で乗車と降車ができます。どうでもいい話ですが、Googleマップの英語はGoogle Mapsなんですよ。sを忘れないようにしましょう。

バスというより機関車風のデザインをした車が3両編成の客車を引っ張るタイプのバスです。そういうのをなんと呼ぶのかわかりません・・・。

僕は1両目の最後尾に着席しました。所要時間は30分程度で、バス内はイタリア語と英語のアナウンスがあります。

ラクイラの中心は丘の上にあるので、徒歩での観光はまぁまぁしんどいです。このバスは信じられないほどの急勾配を上り下りしてくれますので、楽に観光できることでしょう。

途中で見えた綺麗な雰囲気の場所。僕は英語ができないので、これがなんなのかはさっぱりわかりませんでしたけど・・・。

ジェラートがおいしかった

まるで廃墟の街かのように紹介しましたが、そういう場所だけ紹介したのでそう感じるだけです。というのは言いました。実際には賑わっている場所もたくさんあります。

このブログの読者なら、僕が旅先の紹介記事を書かない人であることを知っていると思います。いつも、行きの空港での話、行きのフライトの話、帰りの空港の話、帰りのフライトの話だけしかしてきませんでした。なので、本記事は旅先の紹介をした珍しい記事です。

そして、ほとんどの僕の旅先の記事では、重要な情報が欠落しています。時間、値段、方法などを忘れてしまっているので、詳細な紹介できずにごめんなさいという記事になってしまいます。

今から紹介するラクイラに来て一番おいしかったものの紹介も同様の特徴です。まず、一番おいしかったものを紹介します。

ジェラートです(おいしそうな感じの写真が撮れずにすみません)。

アイスクリームだと思って良いと思います。そして、どこのお店のジェラートだったのかも覚えていません。そして、サイズや味についても覚えていません。もちろん値段も覚えていません。ブログだったらそういうことをちゃんと紹介するべきなのですが、食べたときは「ブログに書こう!」なんて思っていなかったので覚えていないのです。

ただ、おいしかったです。

まとめ

イタリアのラクイラを訪ねた話でした。ラクイラ地震から10年も経過したにしては、復興してないという印象の街でした。

日本では街全体が歴史的な雰囲気の街はないと思います。京都なんて、景観なんちゃら地区などの一部だけで、それ以外は大阪とか変わりません。そういうことを考えると、昔ながらの景観がたくさん残っているイタリアの都市がそれを残しながら復興することは難しい話だなと思いました。

最後に、ラクイラ地震では300名以上の方が亡くなりました。犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

おしまい。