小さくなった両親と大きくなっただけの僕

2010年9月にうつ病で休職してから2ヶ月半たち、やっと親にうつ病で休職していることを伝えた僕はようやく実家へ帰省しました。

ここからの2ヶ月くらいの間に(2010年11月末から2011年1月)、僕は名古屋と福岡をよく往復するようになりましたが、その最初の福岡帰省の話。

小倉到着

福岡県北九州市の小倉が僕の実家です。人口はほぼ100万人ですが、都会というより田舎です。

その小倉には23時30分過ぎに到着しました。

駅のホームに降り立つと寒くて、なぜか「あぁ、地元に帰って来た」と思いました。

別に地元に匂いがしたわけでも、懐かしい風景だと思ったわけでもありません。

新幹線ホームから小倉の街を見る機会なんてそうそうありませんから、どちらかというと「あれ?小倉ってこんな感じだっけ?」という感覚もありました。

小倉は意外に降車客が多く、その降車客の流れが終わるまでホームで突っ立ていました。

「風強いな。玄界灘だからかな。九州男児だと思ってたけど、僕めちゃ弱いなぁ」などと意味不明なことを考えながら改札口へ向かいました。

小さくなった両親

小倉駅の新幹線改札口前に夫婦らしい人が立っていました。そして、こちらに手を振っています

僕の後ろを歩いている人に手を振っている他人だと思いました。

でも、それが僕の両親でした。

両親は小さくなっていました。

だから、両親だと思わなかったのです。

痩せたわけでもありません。腰が曲がったわけでもありません。

おそらく何も変わっていないと思います。

でも、歳をとったのでしょう。

そして、僕も歳をとり、大きくなりました。

両親は僕の知っていたお父さん、お母さんではなくなっていました。

両親が本当に小さく見えました。

涙が止まらない

涙が溢れて、ハンカチを持っていなかったので手の甲で涙を拭きました。

泣きながら改札を通過しました。

「なに泣きよるんね」と笑顔で話す母親と、「美味しいもんいっぱいあるから今夜は飲もう」と言う父親と一緒に駐車場へ向かいました。

僕だけ大きくなっていたのです。でも、僕は大きくなったくせに、うつ病になってまた親の下に帰って来たのです。

父も母も小さいのに、僕みたいな大きな奴の面倒を見なければならないのです。

「申し訳ない」

優しい父と母に対して、そんな気持ちでいっぱいでした。

好物が美味しいと感じられない

家に帰った僕は母が作っている自家製梅酒と近所のスーパーで購入した鶏のたたきを食べました(九州のスーパーでは晩酌できるくらいの量の鶏のたたきが250円〜300円くらいで売られています)。

以前は母が作る梅酒は好きでしたが、この時は梅酒の味が美味しくなく、人工的な味がしました。オイルを飲んでいるロボットみたいだなぁと思いました。

地鶏のたたきも好物なのですが、この時は血の塊を食べているような気分になりました。

コンビニの味の濃いものばかり食べていたから味覚が変になっていたのだと思います。

なので、全然ご飯が食べられませんでした。

猫の癒し

我が家には猫が6匹いて、夜になると猫小屋に収容されていましたが、この日は僕が帰ってくるということに合わせてなのか、猫小屋に収容されていませんでした。

帰ってくると猫が「ミャーミャー」と寄って来て、一番お気に入りだった猫を抱いてご飯を食べようとしましたが、1匹を膝の上に置くと、空いている膝のスペースに他の猫もやって来て4匹が膝の上に寝ていました。

すごく重たかったです。

でも、猫を見ているとすごく癒されました。こんな感覚はしばらく味わっていませんでした。

こうして、名古屋のアパートと福岡の実家を行き来する休職中盤が始まりました。