帰省の新幹線で嘔吐、乗り物酔いが始まる

前日の夜、親にうつ病であること休職したことを電話しました。その時、母に「帰ってきなさい」と言われたこともあり、翌日帰省することにしました。

名古屋から実家の福岡県北九州市まで新幹線だと3時間ほどかかります。自宅から名古屋駅、小倉駅から実家の時間も合わせると4時間の旅です。

その新幹線から乗り物酔いが始まった気がするという話です。

乗り物酔いと無縁だった僕

うつ病と乗り物酔いが関係あるのかどうかは一切知りません。

ただ、僕は乗り物大好き人間でした。そして乗り物酔いとは無縁でした。

子供の頃から乗り物が大好き

小学校のころ、家族でよくキャンプへ行きました。福岡から車で2〜3時間くらいの場所に久住、九重、さらに行くと阿蘇など、景色が素晴らしい場所がありました。

小倉駅から博多駅によく行っていました。快速電車で1時間ほど揺られて。電車も好きでした。車掌のアナウンスの真似をよくしていました。

そうした場所へ向かう時に、窓から見る景色が好きで、乗り物に乗ることも好きでした。乗り物に乗ることはすごくワクワクすることでした。

乗り物酔い?それ仮病じゃないの?

バスで行った社会見学にて、見学先の工場に到着した際に、同じクラスの子が「気持ち悪い」と言ってグッタリしていました。その子は社会見学の前半は参加しませんでした。

僕は乗り物酔いなる症状を患ったこともなければ、その存在も知らなかったので、「あぁ、あの子はこの社会見学に参加したくないんだ。ズル休みしたいんだ」と思っていました。

新幹線に乗るまで

今までやりたいこともなくグダグタ日々を過ごしていましたが、久しぶりにやりたいと思えることでした。

「実家に帰りたい」

洗濯をしていませんので、帰省する服すら持っていません。トランクスなんて全て何日も着続けて汚いままです。

とりあえず着続けて汚くなった服をバックパックに詰め込みました。実家に持って帰れば、一緒に洗ってもらえるだろうという思ったからです。

会社に行かなくなったのは9月で夏でした。今はもう11月末の冬です。そのおかげで、冬用のスーツやカッターシャツは使用しないままクローゼットに仕舞ってありました。なので、それらを着て名古屋のアパートを出ました(夏に使っていたズボンやシャツは9月の欠勤から使用していないので11月になっても床の上に放置したままでした)。

スーツにバックパックという変な格好で出発しました。

途中で、最寄り地下鉄駅の隣にあるコンビニでトランクを購入し、コンビニのトイレでトランクスを履き替えました。さすがに、外に出るのに汚いトランクスを履き続けるのは気持ち悪いと思ったので、そうしました。

そして、地下鉄を乗り継いでJR名古屋駅に到着しました。

最終の新幹線の指定席

名古屋駅の券売機で指定席を購入したのが19時くらいだったと思います。購入したのは最終の新幹線で、20時30分ごろに名古屋駅を出発する新幹線。

「ああ、まだ1時間30分も待たなきゃいけない」

本当にそんなに待たなきゃいけなかったかどうかは覚えていませんが、かなり待たなければならなかったのだけ覚えています。

みどりの窓口に行って「早めの時間の新幹線に変えてください」とお願いしましたが、名古屋から小倉へ行く新幹線はこの1本しかなかったようで、仕方なく待つことにしました。

もしかしたら自由席で新大阪を乗り継いで行けば早い時間のものもあったのかもしれません。

そして、この新幹線の時間の話は今回の話とは特に関係ない話です。ただ覚えている話だったので載せました。

恐怖の新幹線ホームに進入

当時の名古屋駅にはまだホームドアは付いていませんでした。

そのせいなのか、新幹線がホームに飛び込んでくる様子を見て恐怖を感じました。

だって、音がとてつもなく大きいのです。

名古屋駅には停車せずに通過する新幹線はありませんからまだマシなのですが、それでも到着した新幹線の音もホームで鳴るサイレンみたいなベル音もとても大きな音でした。

並んでいた列から慌てて後ろに下がって、ホームの中央部分にあった壁にもたれ掛かりました。

壁に体重をかけていないと、新幹線の劇風に吹き飛ばされたり、音の大きさに吸い込まれて転落したりするような気がしました。

それに指定席なので並ぶ必要はそんなにないのです。

新幹線が止まり、ドアが開き、乗客が乗り込み始めた頃、列の後ろに並んで乗車し、自分の指定席に座りました。

京都駅到着と同時にトイレへ駆け込み嘔吐

ところが、久しぶりに新幹線に乗ったら、気持ち悪くなりました。

今まで気づかなかった新幹線に気づいたら気持ち悪くなった

乗車後、今まで新幹線に乗っていて気づかないことに気づきました。

  • 空気が悪い。
  • 酸素が足りない。
  • 狭くて窮屈。
  • 何も見えない。

以前は新幹線の車内の空気が悪くて酸欠になる感覚はありませんでした。でも、この時は、空気が足りていない感じがしました。そして、気持ち悪くなりました。

さらに窮屈な気がしました。そんなに人が乗っていたわけではないのです。隣には人が座っていましたが、それだけです。でもすごく狭い空間な気がして閉じ込められているような気がしました。壁が迫って来ているような感じがしました。

そして、夜だったので景色は何も見えませんでした。見えるのは明るすぎる車内だけです。

新幹線に乗って30分もすると嘔吐するかしないかの気持ち悪い時間が続くようになりました。

次の駅に到着しそうなのでトイレに行けない

でも、座席から立ってトイレに行こうと思えませんでした。

隣に人が座っています。

なにより、もうすぐ京都に到着するので、京都で降車する乗客が通路に立って降りる列を作っています。

トイレに行くには隣の人の前を通過し、行列をわけ歩いてトイレに行くしかありません。

が・・・。そんなことはできません。

理想は、京都に到着して降車客と乗車客の流れがひと段落した後にトイレへ行くことです。

僕は、会話をするタイミングを見極めようとして結局話しかけられずに、最後は他人が話しかけてきて会話ができるというの感じの人間でした。積極的、自主的とは反対で、受動的なわけです。

このトイレに行くという行為も僕の会話の話と同じなわけです。トイレに行くために「すみません。通してください」と言わずにトイレに行ける環境を待っていたのです。

待てない!無言で行列に分入ってトイレへ

でも、待つことは無理でした。「本当に間に合わない」と感じるほど気持ち悪くなったので、大急ぎで座席を立ち、行列を分け入ってトイレへ行きました。

もう言葉を発する余裕が一切なかったので、無言で通路に並ぶ行列のゴミゴミした部分を抜けてトイレへ向かいました。

途中、なぜか行列の人たちから「すみません」と謝られたのですが、こっちが謝らなければならない立場なんですが、なんだったのでしょう。

トイレにはギリギリ間に合いましたが、鍵を閉める余裕もなく、扉が閉まる時間もなく、トイレに嘔吐しました。

後ろで「京都〜。京都〜。」というアナウンスを聞きながら全て吐き出しました。

乗り物酔い始まる

嘔吐したあと、再び気持ち悪くなることはありませんでした。

それ以上にすごく疲れを感じ、その後はしばらく寝ました。

関門海峡を渡るトンネルの手前で目を覚まし、「ただいま新下関駅を通過中」みたいな表示を見ながら、「あぁ、よかった。今起きなかったら、小倉じゃなくて博多まで行っちゃっただろうな」なんて思いました。

僕がこの新幹線で体験した嘔吐は、乗り物酔いだったのかどうかわかりません。新幹線に乗る前に食べたものがよくなかっただけかもしれません。

でも、乗り物酔いとは無縁だった僕は、これ以後、新幹線、電車、バスでは乗り物酔いをするようになりました。