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社内ニートでうつ病になり休職後に退職したサラリーマン時代のブログ

社内ニートでうつ病になり休職後に退職したサラリーマン時代のブログ2. サラリーマン時代

この記事では、新卒で入社したIT企業にて僕が人と話ができなくなり、ろくに活躍することもなくミスを連発し社内ニートへ、うつ病による休職と退職をするまでのまとめページ(記事一覧)です。

新人研修編

大学時代はかなり積極的に行動し、サークルの活動でリーダーをやったり、ゼミではゼミ長をしていました。合宿を企画したり、議論を取りまとめたりと、僕はコミュニケーションや人との交流に関しては得意な方だと思っていました。

しかし、IT企業に入社したものの、新人研修のグループワーク以降、人と話せなくなり自信をなくします。

入社前からネガティブな思考

入社する前後、つまり学生最後の日と社会人最初の日の心構えや行動がすごくネガティブでした。

社会人になることへの不安ばかりが頭をよぎり、失敗したらどうしようなどばかり考えていました。「失敗しないためには行動しない」という深層心理が、その後に訪れる「言葉を発せない」という状況をもたらしたのではないかと思います。

社会人最初の日に向けて学生最後の日にやるべきだった3つのこと
このブログはほぼ旅ブログだったのですが、今日からしばらく違う話をします。僕が大学を卒業してから現在に到るまでの話をしばらくします。人の歴史ほどつまらない話はないわけですが、読んでも...

突如、グループワークで言葉を発せなくなる

2ヶ月目、4人1グループのシステム開発グループワークが始まると順調だった状況が一変します。

最初はたまたま話す機会がなかっただけのはずでした。しかし、どう話したら良いのかわからなくなり、言葉を発することにプレッシャーがかかり、話を切り出すことができなくなりました。

新人研修のグループワークで言葉が発せなくなった話
楽しい大学生活を終えた僕はIT企業に就職しました。入社してすぐに始まったのが東京での新入社員研修でして3ヶ月間ありました。新人研修なんて実際に働くことと比べれば遥かに簡単です。 ...

言葉を発することに夢中で話を聞いていない

さらに、研修での日直業務の一つとして人事から全員に伝えてほしい連絡事項を伺ったのですが、普段のグループワークで言葉を発することができない僕は返事だけでもしっかりしようと思い「はい、わかりました」とハキハキと返事することだけに気を使ってしまい、話の内容を聞いていないという事件も起こしました。

返事することに気を取られ重要な話を聞いていなかった日直業務の話
あなたの周りには、まったく会話をしない、言葉を発しない人いませんか? 実は僕はそれでした。 僕の場合、新卒入社した会社の新人研修で行われたグループワークを境に言葉を全く...

ぼっち飯

言葉を発せないので、友人も離れていきました。ほぼ毎日ひとりぼっち。ご飯の誘いもなく、週末遊びにいく誘いもなく、さらに研修中の昼ごはんでさえぼっち飯でした。研修中にホッとできるのは、ひとりになれるこの昼食時間だけだったので、個人的には「ぼっち飯で助かるなぁ」と思っていましたほどで、本当にかわいそうな奴になっていました。

新人研修中にぼっち飯デビューしたけど快適だと思っていた僕
僕は、入社した会社の新人研修にて突然言葉を発せなくなりました。ネットで言われるコミュ障のようなものだと思います。 研修1ヶ月目は普通に過ごしていたのですが、研修2ヶ月目に始ま...

研修3ヶ月目 コミュ障なのにリーダーをしたけど無成長

研修3ヶ月目になると、グループがシャッフルされ、再び違う人たちとシステム開発のグループワークを実施しました。

2ヶ月目に行われたグループワークでは、僕は毎日をほぼ無言で過ごし一切活躍することなく終わったにもかかわらず、このグループワークではリーダーをしました。いやいや引き受けましたが、内心は「これは変われるチャンスかもしれない!」と期待もしました。でも、実際は何も変わりませんでした。

コミュ障が新人研修のグループワークでリーダーをしても成長しない話
新人研修で突然コミュ障になり苦しんだ僕ですが、その新卒で入社した会社の新人研修は3つの時期に分けることができます。 4月:順調で何も問題がない。 5月:システム開発...

プライベート面もめちゃくちゃに

研修での情けない状況は私生活にも悪影響をもたらしました。飲酒量が増え、部屋がどんどん汚くなりました。さらに、前髪の産毛がどんどん抜けていき、おでこが広くなっていきました。公私ともにめちゃくちゃでした。

新人研修のストレスで汚部屋と後退した生え際を手に入れた話
新人研修を終えると何が残るでしょう? 「成長した自分!」とか、「新しい目標!」とか、ポジティブな内容が多いと思います。 一方、僕の新人研修は悲惨でした。グループメンバー...

新人社員編

研修後に名古屋の事業部に配属し働き出しましたが、新人研修がこのザマですから配属後も上手くはいきませんでした。

この時期は、生きることはできましたが、地に足がついていないまま社会人をしていました。毎日、会社に行って仕事はしているものの、明らかにペースやリズムが悪く、「これで大丈夫なのかな?」と不安になる日々の話です。

仕事になかなか慣れない!けど、新人なら当然の話。でも、僕は相変わらず人と話せず、仕事のパフォーマンスも悪かったです。同期と比べても全てが悪く、上司達も僕のことを問題児と認識し始めます。

新人が電話対応する必要はないと思う

新人として最初の仕事が電話対応でした。でも、実際には電話取次ぎ業務でして、電話対応を通じて社会人として必要な力が身についたかと言えば、NOでした。しかも、取次ぎミスでめちゃくちゃ怒られてしばらく落ち込みました。

新人の仕事・電話対応って意味なかったよなぁ〜という思い出
3ヶ月間に渡る新人研修が終了し、7月に名古屋の事業部に仮配属となりました。新人ということで難しい仕事もなく量も少なく、困ったことはありませんでした。でも、どうしても嫌な仕事が1つあ...

わからないことがあるのに相談できない

配属したプロジェクトにはいい人たちばかりで「怖い人もいなくてよかったぁ」と思っていたのですが、それでも話しかけることができませんでした。社会人はホウレンソウが重要ですが、新人でわからないことがたくさんあるのに相談することがなかなかできずに、どんどんわからないことが貯まっていきました。その際に消極的な3つの対応をしました。結果的には、周囲の新人社員に対する配慮のおかげで、自分から行動しなくても問題は解決されていきました。

仕事の相談ができない新人が行った3つの消極的な対策
皆さんは、仕事や業務でわからないことに遭遇した場合や問題が発生した場合に、先輩や上司に相談できますか? 僕はできません。都合の悪い情報はごまかして隠し表沙汰にせずに、真っ黒焦...

通勤ラッシュに試行錯誤する

田舎に住んでいたことや電車通学を経験したことがなかったため、通勤ラッシュは苦痛そのものでした。満員電車も嫌でしたが、駅から勤務先まで続く通勤行列も朝から僕のテンションを下げました。なんとか対策をしましたがあまり役に立たない対策でした。

満員電車や通勤行列で毎日が苦しいので対策した話
満員電車通勤などの通勤ラッシュが平気な人はいますか? どんな人でも苦手だと思います。僕は名古屋で働いていたため東京や大阪ほどではありませんでしたが、新人の時に初めて経験した満...

相変わらず慣れない

プロジェクトメンバーと話をすることすらろくにできないままプロジェクトは9月で解散し、10月から別の部門のプロジェクトへと移動になりました。また知らない人とのゼロからの人間関係構築をすることになりましたが、このプロジェクト変更をきっかけに自分を変えてみんなとワキアイアイと働こう!と思っていましたが、実現することはありませんでした。相変わらず社会人生活に慣れません。

プロジェクト変更は自分を変えるチャンスにならなかった話
皆さんは、「プロジェクト変更や異動をきっかけに心機一転して今までの情けない自分とはサヨナラして新しい自分になろう!」と思ったことはありますか? 僕はあります。サラリーマン時代...

僕=仕事ができない=残業する

僕が途中から加入したため、割り当てられた仕事量が圧倒的に少なかったのですが、それでも定時までに終えることはできず進捗はどんどん遅れ残業をせざるを得ませんでした。周りはみんな定時に帰るのに、1人で残って仕事です。しかし、残業しても相変わらず進捗を取り戻せず、「仕事ができない奴ほど残業するんだな」と実感しました。

仕事ができない奴ほど残業するという話は正しい!と実感
残業をしたことがない人はいないと思います。僕はたったの2年しかサラリーマンを経験していませんので、あまり残業を経験していません。 それでも新人時代に4ヶ月ほど毎日3時間程度の...

寝たくない

社会人生活に慣れず、仕事もさっぱり上手くいかず、そんな生活が続いて僕は夜遅くまで起きるようになりました。寝てしまうとすぐに次の日の朝が来てしまうことが嫌だったのです。言っている意味がわからないかもしれませんが、夜が明けることが怖かったです。遅く寝るようになった結果、遅く起きるようになり、遅刻も多くなりました。

朝が嫌いだから夜寝たくない話
僕が新人として働き出して数ヶ月たった頃から、朝になるのが嫌で夜寝たくないと思うようになりました。その結果、ほぼ毎日遅刻するようになりました。 理由は簡単です。仕事が上手くいか...

おかしな話かけ方

相変わらず人に話しかけられない状況は続き、話をしなければならない状況ではおかしな方法で話しかけていました。「あの〜話があるんですが・・・」と言えない僕が編み出した100%成功する方法です。ですが、おかしな方法なのでオススメできません。普通に話を切り出すために声の出しからに関する本を購入したりしたのですが無駄でした。

話しかけ方がわからない人必見!コミュ障が会社の人に話しかける方法
人と話すのが苦手な人は、会社のような場所ではますます話をしなくなり、声のかけ方すらわからなくなると思います。 結果として、極力話しかけないという姿勢を取るようになり、雑談も参...

ついに心療内科へ

社会人生活が厳しいものであるのは普通のことです。でも、僕は普通以上に悩んでいます。明らかにおかしいのだが、どこに行けばいいのかさっぱりわからず、「大人版進研ゼミがあったら絶対役立つのになぁ」と思っていたところに心療内科というものを知った。

「今すぐ助けてほしい」初めて心療内科に行くことになったものの、予約が取れたのは2週間後で受診当日はいまいち自分の状況を伝えられずに消化不良が残るものでした。

初めての心療内科で驚いた3つのこと
人生で病院に行ったことのない人はほぼいないと思います。小児科、内科、外科などはよく聞くでしょうし、お世話になったことでしょう。 その一方で、精神科、心療内科についてはあまり馴...

僕史上唯一の楽しかったプロジェクト

サラリーマン時代のほとんどが辛いことでしたが、たったの1度だけ楽しかった仕事がありました。そのプロジェクトは僕を含めて3名だけで、残りは女性の先輩でした。人数が少ないことや、特に女性の方が多いということにあってか、プロジェクトの雰囲気はよく、比較的コミュニケーションを取ることが楽になり、仕事を初めて楽しいと感じられました。

女性が多いプロジェクトの方が楽しく働くことができる気がした話
サラリーマン時代の僕はコミュニケーションが取れず仕事もできずダメサラリーマンでした。そんなダメ人間にとってのサラリーマン生活は辛いことしかなく、その辛さから逃げるためにわずか2年で...

新人全員が集まる研修で自信喪失

3月、東京の本社に全国の新人が集められて「1年間の成長や将来の目標を発表する」みたいな研修がありました。僕は、毎日嫌嫌働いていましたので、その資料が全く作れませんでした。成長の実感もなければ、将来を考えることもしてないので、ネタがありません。まず名古屋の上司たちのチェックにて酷評され3回も上司たちの前で発表のやり直しをしましたが、改善されることはありません。一方の同期たちは本当に説得力のある資料を作っていまして、「同期と僕はこんなにも違うんだ」と客観的にはっきりと感じることができ、僕は自信喪失で新人社員から2年目の社員になりました。

同期との大きな差を痛感し自信喪失して社会人1年目終了
入社して以降の僕は、他人と上手くコミュニケーションを取ることができず仕事も遅く、家に帰ったら毎日浴びるように酒を飲み、夜更かしと遅刻を繰り返していました。全く社会人としてのリズムや...

社内ニート編

2年目になり新たに頑張ろうと思ったものの、客先でミスを連発し別の仕事担当へ。その仕事は設計書がなく、僕は実力もなく、何がなんだかわからないのにお客さんからの問い合わせは来て、1件も対応できませんでした。気づけば他の人が僕の仕事をするようになり、僕はやることがなくなり社内ニートになりました。

僕らしく頑張ろうと決意

正直、入社して1年間たっても、どうやって働いたらいいのか、何を目指して働いているのか、そういうことは一切わかりませんでした。そういうことは自分で決めなきゃいけない訳ですが、僕は自然とわかってくるものだと思っていたみたいです。

2年目になり、別のプロジェクトに移動となった僕は新しい上司や新しい職場の人と新たな人間関係を構築することになりましたが、そこで出会った先輩の目標を聞いて、僕は僕らしく頑張ろうと思いました。

社会人2年目になり僕らしく頑張ろうと思った
ダメダメな社会人1年目を終えた僕は社会人2年目となり、そのタイミングで別のグループのプロジェクトへ移動し客先常駐となりました。お客さんによると、上半期の4月から9月まで僕はここで働...

ミス連発で外される

頑張ろうと思ったものの僕はミスが多い人でした。そして、僕自身ミスが多いことを知っているので、ミスを減らすためにセルフチェックをするのですが、セルフチェックをしてもミスを発見できない人でもありました。でもミスがあることを知っているので、セルフチェックに時間がかかるのですがミスを発見できない。

その結果、仕事は遅く、にも関わらずミスが多い。当時は客先常駐という形態で仕事をしていましたので、お客さんと関わる機会が多く、僕のミスでお客さんに何度も迷惑をかけました。

そして、同じミスを2度3度、4度5度と繰り返しお客さんを怒らせ、僕はその仕事から外されました。

セルフチェックでもミスに気づけずミスを連発する情けない日々
先輩や上司と一緒にランチを食べたり、いいアドバイスをもらったりと仕事環境は良かった一方で、この頃の僕は注意力がなくなっていたのか、ゴールデンウィーク明けくらいから、だんだんミスが多...

わからないことがわからず途方に暮れる

ミスを連発したのち、僕は社内勤務に戻されました。そこで始まったのが、設計書のないシステムの保守作業でした。引き継ぎもイマイチわからないようなわかったような感じで、「何かわからないことある?」と聞かれ、「ありません」と答えましたが・・・。

正直言って、わからないことがわかりませんでした。「こりゃやばいぞ」と心の中で思いながら始まった業務は全然わからず、途方にくれました。

設計書がないシステム保守を担当 わからないことがわからない
前回働いていた商社系のシステム会社での仕事は9月まではいられるはずでしたが、ミス多発で迷惑をかけっぱなしで、結局6月いっぱいではじき出されました。 はじき出された僕は7月から...

時間ばかりが流れるけど成果はゼロ

全然わからない保守業務を担当してから、日々送られてくるお客さんからの問い合わせには全く回答できずにただ時間が流れるだけでした。わからないことだらけのため、この業務の前任者である先輩にメールで色々聞いてみるのですが、このメールのやりとりに苦労し、なかなか業務スピードは改善しません。

気づけば、お客さんからの問い合わせも山ほど貯まり、時間は過ぎていくのに対応した案件数はゼロという日々を過ごします。

何時間、何日間かけても仕事の問い合わせを1人で解決できない!
社会人2年目の7月、設計書がないシステムの保守を担当することになった僕ですが、大雑把な引き継ぎを受けて「わかったと言えばわかった」でも「わからないことがわからない」ことから、一抹の...

ひとりぼっちで孤独な日々

ビジネスマンとして情けない日々を過ごしていた僕ですが、「仕事ができない」ことと同時にもう一つ問題を抱えていました。

それは孤独です。社内では誰とも仲良くなく、楽しそうに先輩と話す同期をうらやましく見ていました。一方の僕は1日に一言二言しか言葉を発さないくらい社内で会話をする人なんていませんでした。家に帰ってもやっぱり孤独でした。彼女もいない、友達もいないので、休みの日はどう過ごせばいいのかわからず、ひとりぼっちで過ごしていました。

会社でも家でもひとりぼっちで孤独な社会人生活
担当したシステム保守の業務は、設計書がなく、引き継ぎもイマイチで、僕自身に実力がなく、1人ではお客さんからの不具合やバグ報告に対応できない状況に陥っていました。 前任者的な存...

ギブアップ!

公私ともに不調な僕ですが、仕事に関しては給料をもらっているのですから、不調などとは言っていられません。一人で保守の仕事を担当して2週間。お客様からの問い合わせには一切対応できず成果はゼロです。このまま放置するわけにはいきませんので、上司に相談しました。

しかし・・・。残念な結果に・・・。とりあえず諦めました。

悪化する状況を上司に相談するも諦めた僕
設計書のないシステム保守の業務を担当した僕は、全く成果がありませんでした。仕事をしているけど、全く成果がない日々。 設計書がないこと、身近にわからないことを聞ける人がおらずメ...

会社嫌い、仕事嫌い

入社以来、何か相談したり話しかけたりすることさえしんどく不安だったこともあり毎日が不安でしたが、この時期は成果ゼロの毎日だったのでさらに不安な毎日で心休まりませんでした。どうしたらいいのかわからず、悩んで悩んで心臓がえぐり取られてるような痛みを感じるほど胸が痛かったです。

そんな僕でしたので、仕事も会社も嫌で嫌でした。

「仕事したくない」「会社に行きたくない」と強く思う
2010年7月から担当した保守業務では、設計書がないことや自分自身に実力がないことが原因で、仕事は一切進まず、成果はゼロのような状態、毎日会社に来ているだけと言っても過言でない状況...

悩みを相談できない

仕事に関して様々な悩みがありました。会社で話しかけられないこと、時間ばかり使って成果がゼロなこと、この先どうすればいいのかわからないこと。

しかし、僕は誰にも相談をしませんでした。同期に1人だけ相談できそうな関係の人がいましたが、相談しませんでした。なぜ、相談しないのか?僕なりに考えた3つの理由。

悩みを相談できない3つの理由
僕は、なかなか会社の人と打ち解けられず、結局は会社の人は「会社の人」という認識で、プライベートで会社の人と時間を過ごすことは皆無でした。配属してすぐに行われた新人歓迎会を兼ねたBB...

社内ニートへ

こんな状況でしたので、ついに僕の仕事は他の人がやるようになりました。以前、上司に相談した効果のようです。つまり、僕の仕事はなくなりました。

会社ではネットやボケーっとして時間を潰し、家ではそんな現実から逃げるために酒をたらふく飲み、「明日、大災害が起きて全てリセットされないかなぁ」などと考えるだけ。そんな感じで7月も8月も過ぎて行きました。

社会人2年目なのに社内ニートになった話
社会人2年目の7月中旬以降の僕は全く仕事をしない人になりました。 担当した保守業務では、設計書がなく、僕のスキルもなく、お客さんからの問い合わせに全く回答できず、時間をかけて...

命を否定される

社内ニートになってから、とにかく会社にいることが嫌でした。そして、何かを変えようと思う気力もわきませんでした。毎日会社にきてパソコンの前に座るだけの日々を過ごし、定時になった瞬間に音もなく退社するようになりました。

そんなある日の定時後、若手社員による自主的な勉強会が行われるとのことを直前で知らされましたが、もう会社にはいたくないという気持ちや家に帰れればどうなっても構わないという思いから参加せずに帰りました。

その際に、先輩社員から暴言を吐かれ、すべてのものがグニャグニャと壊れてトイレへ避難しました。

会社で暴言を吐かれたのは僕の甘えのせい
相変わらず面白くない僕の過去の話が続きます。他人の過去の話ほどつまらない話はないと思いますが、書くこともないので書き続けます。 社会人二年目の7月と8月は、業務に関して八方塞...

誰も理解してくれない

今の状況を誰かに相談したい!助けてほしい!と思い、親に相談しました。今まで親に心配をかけたくなかったので悩みの相談なんてしませんでしたが、相談できるのが親だけだったのでそうしました。

しかし、残念ながら親は理解してくれませんでした。社会人はみんな辛いのです。僕くらいで悩んでいる奴は人間失格なのです。でも、僕はもう働き続けられそうにありません。僕はまさに打たれ弱い現代っ子だったのです。

仕事の悩みを親に相談するも理解されなかった話
社会人2年目の7月。実力不足で、わからないことがわからず仕事に行き詰まり、毎日働いても成果はゼロ、気づけば社内ニートに、そして社内では孤独で、プライベートも孤独、会社の人から暴言を...

仮病欠勤編

社会人2年目なのに社内ニートになった僕は次の問題にぶち当たりました。

どうしたらいいのかわからず、僕は仮病という逃げの手を使いました。それも何日間も・・・

そんな社会人2年目の9月第1週〜2週の話。

出来損ないのお前を雇う金はない!?

前月の勤怠管理システムの締め作業をして上司にりん議を送ったものの上司は承認することなく僕に何度も差し戻してきました。この予算はダメ、あれもダメ、「では、どうすればいいですか?」と聞いても「自分で考えろ」「やりようがあるだろ!」という回答しか得られず・・・。

社内ニートまで落ちこぼれた僕にはそんなことを自分で考え解決できるほどのスキルも知識もありません。

僕を雇う予算はない!勤怠管理システムに入力できない
社会人2年目だった2010年7月後半から8月は社内ニートとして2ヶ月を過ごしました。 特に最後の1ヶ月である8月は仕事をすることはほぼありませんでした唯一やっていたことといえ...

もうダメ・・・だ。

もともと社内ニートですから、社内では常にパソコンのスリープモードのような状態の僕ですが、このときの僕は充電残量1%くらいの状態でした。「もう、どうでもいいや」とスリープモードでボケーっとしていると上司に呼び出されて面談室で説教をされました。

でも、もう頭が全く動きません。上司が何を言っているのかも、自分がどう答えるべきなのかもわからず、上司に「考えろ!」と言われますが、「考える」という文字しか思いつきませんでした。

「考えろ!」と言われても「考える」という文字しか浮かばない
「僕を雇う予算はない!勤怠管理システムに入力できない」にて書きましたように、社内ニートになった僕を雇用する予算はないとのことで、システムに入力すべき予算番号がわからず、前月の勤怠管...

仮病欠勤1日目

面談の翌日。僕はいつも通りの時間に起きましたが、体は全く動きません。時間だけが経過していく中で、冷静に会社まで行く段取りを考えながらも、なんとなく現実味がありませんでした。床に張り付いたまま動かない自分を客観視しているような変な気分のままある決断をします。

「今日は休もう」

仮病で会社を欠勤した1日目 朝起きると体が磁石みたいに・・・
入社して以降、常に苦しかったです。自分で自分を操縦するのはこんなにも難しいのかと思うほど難しかったです。 新人研修で始まった緘黙のような症状により言葉を発せない 配...

翌日も・・・

仮病で欠勤した翌日。頑張って会社に行くことにしました。僕はこう見えても保守的な人間なので仮病で休むなんて人を見下していた人です。だから、今日は会社に行かなければなりません。

でも、行けませんでした。通勤途中で心が折れて、途中下車して心療内科へ逃げました。

2日連続欠勤 通勤途中で逃げ出し心療内科へ
翌日。つまり、仮病で会社を休んだ翌日。 どんな面して会社に行けばいいのかさっぱりわかりませんでしたが、2日連続で会社を休むという選択肢を選ぶ可能性は少なかったです。 仮...

週末を挟んでさらに続く欠勤

二日連続で仮病を使って休んだ僕ですが、三日目も仮病で休みました。三日目は金曜日だったので、金曜日と土曜日はストレスフリーな週末を過ごせました。なぜなら、上司に欠勤の電話をしなくていいからです。

しかし、日曜日はしんどく、落ち着きませんでした。そして、月曜日の朝になりました。

もちろん、熱が出ているという理由で仮病で欠勤しました。先週の火曜の夜から熱が出ているわけですが、「悪いウィルス感染でもしたのかもしれない!」なんて思う人は誰もいません。「どうせ仮病でしょ!」と思われていたことでしょう。

週明けも仮病「熱がある」で4日連続欠勤
「仮病で会社を欠勤した1日目 朝起きると体が磁石みたいに・・・」から始まった僕の仮病欠勤ですが、翌日も仮病で欠勤し2日連続で会社を休みました。 こうなってしまうと、会社に行く...

休職診断書

その日は心療内科の予約日でした。医師にずっと会社を仮病で休んでいることを伝え、この生活がいつまでも続けられない不安を話しました。いつまでも仮病で欠勤し続けられません。すると医師は休職診断書なるものを書いてくれました。「今日中に会社に連絡して1ヶ月休むように」とのことでした。

会社に連絡する、つまり上司に「休職します」と言う電話をすることがとても苦痛でした。その日のうちにはできず、翌朝の10時ごろになんと電話をかけましたが、意外に簡単な会話で終了し休職生活に入りました。

うつ病の休職診断書をもらったが上司へ電話することが苦痛
社会人2年目の9月初め。社内ニートだった僕は、水曜日から仮病により会社を欠勤しました。その欠勤はずっと続き、週を明けた月曜日も同様に休みました。 月曜日の朝、上司に欠勤の電話...

休職前期編

社会人2年目の9月、社内ニートだった僕は仮病による欠勤を繰り返し、うつ病と診断され休職することになりました。休職は7ヶ月間続くことになります。

この記事はその休職前期にあたる3ヶ月が休職前期編です。

詐病?新型うつ病?

休職直後は開放感が強く、元気になりました。しかし、休職が決まっただけでこんなに元気になる僕は本当にうつ病なのか?という疑問がありました。詐病なのでは?

ネットで調べてみると新型うつ病というどう見ても「甘え」としか思えない病気と症状が似ていいて、「やっぱり甘えだったんだ」と働くことから逃げた自分自身に失望しました。

新型うつ病なのかもしれない!と知ったときの失望感
社会人2年目の7月から社内ニートになった僕は、やがて会社に行けなくなり2ヶ月後の9月上旬に約1週間に渡り仮病を使って会社を休みました。 いつまで仮病で休めばいいのか?という不...

好きから嫌いへ

休職中はやることもありませんが、面白いと思えることもありませんでした。ボケーっと布団に横たわりテレビやネットを見るだけで。やがて新しい情報はなくなり、この世の全ての情報を一度は閲覧したのではないかと思うほど飽きてきます。

そんな時、通勤時によく聞いていた音楽のことを思い出しました。聞いていると落ち着くし、大切にしていたことを思い出させてくれる曲で、被災しぶりに聴きたくなりました。

でも、聞いてみると、嫌な出来事ばかり思い出す嫌いな曲になっていました。

好きな曲が嫌いな曲になっていた話
2019年9月、うつ病のため1ヶ月休養が必要とのことで休職生活が始まりました。 休職が始まってから、プレッシャーから解放されたこと以外はいつもと同じでした。とにかく無圧力下で...

休職中の生活

休職が始まると生活のリズムはめちゃくちゃになりました。寝てばかりなので常に布団の上で生活し、ご飯はコンビニ食ばかりで美味しくなく、シャワーも全然しないので体は常にベトベトしていました。

寝ること夢を見ることだけが楽しみ
休職が始まると、ただでさえ人との関係性が希薄な僕はさらに人と接しなくなりました。 そうなってくると「明日これをしよう!」とか、「服何を着ようかな?」などということさえ考えなく...
めんどくさくて同じものばかり食べてたら食事が不味くなった
うつ病による休職が始まり1日、2日は開放感から元気になった気がしましたが、その後はそんなことはなく、ズルズルと日々を過ごすだけになりました。 何もすることがないので寝たい。夢...
布団中心の生活 シャワーを浴びても体がすぐベトベト
うつ病による休職が必要と診断されて始まった休職生活では、やる気がほぼないので生活に必要ないことは全てやらなくなりました。 それでも憲法に保障された生活よりかなり上の生活をして...

閉塞感再び

休職して2週間ほど経った頃から再び閉塞感を感じるようになりました。ただ休んでいるだけですから、僕が抱えている様々な問題が解決される訳ではありません。コミュニケーションが苦手、仕事が遅くミスが多いなどの僕が抱える課題は解決されていないのですから、復職しても再び同じ状況になるだけです。

やっぱりうつ病ではなく、甘えではないか?とも思いながら、残りの2週間も自堕落な生活を送りました。

休職期間の半分が終了し再び閉塞感が出現
1ヶ月間の休職期間の前半2週間を終えた頃からジワジワと開放感がなくなり、閉塞感が現れました。 「会社に行きたくない」 2週間後に会社に行けるような気がしません。それ以前...

休職延長

休職終了まで残り10日ほどになった頃に心療内科に行きました。僕の心療内科は今思うと変だったなぁと記憶があります。長い待ち時間と短い診察時間を終えると、僕はさらに2ヶ月休職を延長する診断書をもらいました。

心療内科へ行くのもしんどいのに休職延長の診断はたったの1分
休職前は2週間に1回の心療内科への通院でしたが、休職に入ってからは週1回の通院に変わりました。 ただ、通院回数が増えたからと言って、目に見えて元気になったかというとそんなこと...

外出恐怖

ずっと外に出られませんでした。心療内科に行くときとコンビニに行くときだけ、でもどっちの時も外出は苦労しました。

外出するとみんなに笑われてる気がするんです。だって、みんな働いてるんですよ。正規分布の外れにいることを感じました。

みんなに笑われてる気がして外出できない
この時期に限らず、うつ病らしき状態になってから外に出ることがすごく難しかったです。 限られた外出の機会は休職によりなくなり、それに伴ってなのか外出するたびに他の人に笑われてい...

休職中期編

少しずつ元気になっていく。実家の福岡と名古屋を行き来したり、公園や図書館に外出したりするようになる。まだ回復までには程遠いけど、確かに前進している気がする時期。

2010年11月中旬から2011年1月始めくらいまでの話のまとめです。

親にうつ病と休職を打ち明けた

堕落しきった日々を過ごすだけで全く状況は変わりませんでしたが、ふと親に電話しました。その時にようやくうつ病と休職をしていることを伝えました。今思うと、電話してよかったです。これをきっかけに実家で休養することとなり、元気になっていくきっかけを掴みました。

うつ病で休職になったことを家族に伝えた話
2010年7月に社内ニートになり、9月には仮病で連続欠勤、うつ病と診断され1ヶ月の休職となり、9月末に2ヶ月の休職追加が行われ、そのまま9月、10月、11月と家に引きこもる生活を過...

乗り物酔い始まる

名古屋から福岡へは新幹線で3時間ほどかかります。その実家へ帰る新幹線にて、新幹線の居心地の悪さに気づきました。狭いし、空気は悪いし、夜だと外が見えない。

その結果、乗り物酔いと無縁な僕が乗り物酔いにより嘔吐してしまいました。うつ病とも関係があるのか?わかりません。

帰省の新幹線で嘔吐、乗り物酔いが始まる
前日の夜、親にうつ病であること休職したことを電話しました。その時、母に「帰ってきなさい」と言われたこともあり、翌日帰省することにしました。 名古屋から実家の福岡県北九州市まで...

親との涙の再会

到着した小倉駅の新幹線改札口で両親と再会しました。しかし、父も母も小さく見えました。一方の僕は見た目だけ大きくなっていました。

その途端に涙が止まらなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

小さくなった両親と大きくなっただけの僕
2010年9月にうつ病で休職してから2ヶ月半たち、やっと親にうつ病で休職していることを伝えた僕はようやく実家へ帰省しました。 ここからの2ヶ月くらいの間に(2010年11月末...

実家での生活

実家には6匹の猫がいまして、その猫たちに癒された僕は日々元気になっていきました。近所のレストランに外食なんかもするようになりました。

実家の6匹の猫と過ごしたら少しずつ元気になった話
今まで休職では、約2ヶ月半に渡り名古屋のアパートでひとりぼっちで過ごしてきましたが、その後実家に帰ってからは気分はよくなりました。 我が家には6匹の猫がいたのですが、それは猫...
ステーキを食べて「食べやすいものしか食べていなかった」と気づく
うつ病による休職で実家に帰った僕は毎日スーパーの食事でしたが、それでも以前より健康的な食生活を送るようになりました。 やがて、外食がしたい!と思うようになり、ステーキを食べた...

一方で、実家ならではの理由で外出がしにくいという面もありました。

実家での休職は近所の目があるから引きこもってしまう
うつ病で休職して2ヶ月半後に実家に帰省し、実家でのより良い生活環境により、うつ病による意欲の低下は止まり、元気になっていきました。 ただ、実家だと、外出しにくいという欠点があ...
失敗ばかりするダメ人間として近所で有名になる!?
うつ病休職により実家帰郷中の僕がレストランで昼ごはんを食べるようになってから、必ず見かける人たちがいました。 僕自身がそのレストランへ行くのは平日で、時間はバラついていました...

さらに元気になったことで、脳も元気になったみたいで色々なことを考えすぎてしまうようになりました。その結果、ネガティブな方向に考えることが多く悲しくなったり、どう考えてもありえない考えに頼ったりしました。

元気になった僕の脳は言葉の裏表を考えすぎて悲しくなる
受験生の頃、僕の国語の成績は最悪でした。特に現代文は苦手でしたので偏差値は30から40くらい。センター試験の現代文の過去問や模擬試験にて全問不正解だったことも複数回あります。 ...
夜行バスに乗り遅れサービスエリアに置き去りにされかけた人を目撃した話
これは僕がうつ病になり休職した際に、福岡の実家を生活の拠点としながらも通院時だけ名古屋に2日ほど戻る生活をしていた頃の話です。 福岡と名古屋の往復は夜行バスを使っていたのです...

元気になっていきましたが、年末年始にすごく眠たい日々が続きました。眠たくて眠たくて、正月三が日は15分くらいしか起きていなかったんじゃないかと思うほど寝続けました。正月をすぎると眠たい症状はだんだんとなくなり、それを機に実家を離れて名古屋のアパートをメインに生活するようになりました。

挨拶に来た親戚にも会わずに正月三が日は爆睡!起床時間は15分?
旅日記がメインの僕のブログですが、以前書いていた僕の社会人時代の話シリーズに戻ります(シリーズのまとめ記事は「社内ニートでうつ病になり休職後に退職したサラリーマン時代のブログ」にて...

休職後期編

実家休養を終えると僕は名古屋のアパートに戻りました。そして、今後のことを考えるようになりました。幸いなことに体調も回復していたらしく、比較的容易に外出できるようになりました。でも、やっぱり色々と難しかったです。大学院受験や退職の電話、引っ越しなど。

この休職後半編(1月中旬から3月)にて、僕は退職して大学院進学を決めました。なぜなら、そもそもの問題が解決されていないため、会社に戻る勇気がないからです。

元気になっていく

外出できるようになったとは言っても、名古屋駅や栄、大須などの人が多い場所へ行くことは難しかったので、静かな場所へ外出していました。一番よく行ったのが図書館でした。

その図書館によく行くようになったきっかけが三国志でした。三国志が読みたくて仕方なかったので図書館に行き始めました。

うつ病休職で元気になったので図書館で三国志を読んだけど消化不良
うつ病による休職で実家に帰省した僕でしたが、1ヶ月半間の実家での休養期間を終えて、名古屋のアパートでの生活が再び始まりました。休職初期の3ヶ月も名古屋のアパートで休養していましたが...

いざ大学院受験へ

今後のどうするのか?ということを考えるようになったのですが、働くことはできないと思いました。復職するにしろ、転職するにしろ、働けば再びうつ病になると思ったのです。だから、働く以外の道を模索しました。

心の底の方でずっと隠し持っていた「大学院へ行きたい」という思いをほじくり返しました。でも、うつになって以降、いや会社で働き始めて以降、頭がイマイチ働かない感じがあり、研究という頭を使う作業ができるのか不安でした。

復職が怖いので退職して大学院へ?でも研究が一番向いてないのでは?
うつ病による休職を開始してから4ヶ月半ほどした頃、僕は比較的元気になりました。昼は図書館に行って本を読むようになるくらいに行動できるようになりました。 元気になるにつれてある...

そこで、心療内科の医師に相談すると、「大学院生は皆主役になれる」という根拠のないコメントをもらい、それを真に受けた僕は大学院進学を決めます。明るい将来を想像することが楽しくて、大学院進学が楽しみでした。

大学院は誰でも主役になれる?心療内科の医師が退職と進学に賛成した話
うつ病休養4ヶ月が過ぎて回復してきましたので、僕は今後のことについて考える必要が出てきました。復職するか、退職して転職するかを考えていましたが、働いたところど再びうつ病になる気がし...

しかし、大学院入試の手続きは苦労しました。働くことなんかと比べるとはるかに簡単なのですが、文字を書いたり、考えたりすることから半年くらい離れていますから。

うつ病サラリーマンが大学院入試で苦労した6つのこと
うつ病で休職中だったサラリーマンが「よし!復職せずに会社辞めて、大学院へ進学するぞ!」と決めてから、合格するまでの話を簡単にまとめてみた記事です。 「大学院入試なんて簡単でし...

さらには、大学院入試そのものでも苦戦しました。準備が足りなかっただけなのか、久しぶりに活動したからなのか。

大学院入試で腕時計を忘れて焦り問題を読み間違えた大失敗の話
うつ病休職から4ヶ月ほど経過し、僕は復職するかどうかを悩みましたが、復職してもまたうつ病になって再休職する気がしたので、思い切って大学院へ進学することにしました。 今回はその...

退職することを伝える

転職が一般的になっている現代において、退職と無縁の人はほとんどいないと思います。僕も大学院へ進学することにしたので、退職する必要があります。そのためには会社に退職する旨を伝えなければいけません。

嫌なことを後回しにする癖がついていた僕は、退職を決断してから退職を伝えるのに2週間くらいかかりました。

うつ病休職中に電話で退職を伝えることに苦労した話
うつ病休職だった僕は大学院進学を決めついに退職することにしました。退職の電話をした日の話です。 振り返ってみると、サラリーマンになって以降、全くうまくいきませんでした。何より...

ゴミ屋敷の引っ越し

退職を伝えることに時間がかかりましたが、家探し〜引越しまでもなかなか作業に取り掛からなかったため時間がかかりました。なんとか無事に引越し作業を終わらせましたが、苦労したことを3つ紹介します。

うつ病の僕が汚部屋の引越しで苦労した3つのことを紹介
うつ病休職7ヶ月目に入った3月11日に、ようやく会社へ退職することを伝えた僕は、続いて通学のためのアパートを契約し、ついに引越すことになりました。 でも、これがなかなか至難の...

名古屋でやっと見つけた好物

近日投稿予定

さよなら名古屋!最終日

近日投稿予定

まとめ

以上が、僕がサラリーマンだった時の辛くて苦しかった話の概要です。

このあと、大学院へ進学しましたが、相変わらず苦労することになります。

2. サラリーマン時代

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失敗ばかりするダメ人間として近所で有名になる!?

うつ病休職により実家帰郷中の僕がレストランで昼ごはんを食べるようになってから、必ず見かける人たちがいました。 僕自身がそのレストランへ行くのは平日で、時間はバラついていました...
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ステーキを食べて「食べやすいものしか食べていなかった」と気づく

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実家の6匹の猫と過ごしたら少しずつ元気になった話

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前日の夜、親にうつ病であること休職したことを電話しました。その時、母に「帰ってきなさい」と言われたこともあり、翌日帰省することにしました。 名古屋から実家の福岡県北九州市まで...